お金や物を得たいという欲求によって起こる外発的な動機付けや、知らないことを知りたいという好奇心によって起こる内発的な動機付けについて、脳の働きを可視化するニューロイメージングを用いた認知心理学的な研究(1)や、視線や瞳孔径を計測するアイトラッカーを用いた生理心理学的な研究(2)、神経変性疾患や脳腫瘍の患者を対象とした神経心理学的な研究(3)を進めています。
(1) ニューロイメージングを用いた認知心理学的な研究では、金銭的な報酬や罰が記憶に与える影響の脳内メカニズムについて検討してきました。これまでの研究により、金銭的な報酬だけでなく罰によっても記憶が促進され、そのような記憶の促進に報酬や罰に関連する領域である腹側被蓋野、線条体、島皮質と、記憶に関連する領域である海馬の相互作用が関与していることや(Shigemune et al., Cereb. Cortex, 2014; 図1)、難易度が適度な場合に報酬がより記憶を促進し、そのような難易度と報酬の交互作用に動機付けに関連する領域である内側前頭皮質、報酬関連領域である腹側被蓋野、記憶関連領域である海馬からなる脳内ネットワークが関与していることを示しました(Shigemune et al., Hum. Brain Mapp., 2017; 図2)。現在は、複数の報酬を同時に獲得するために記憶する際の脳内メカニズムについて検討しており、この研究からは、腹内側前頭皮質の活動が、報酬関連領域である腹側被蓋野の活動を補償することで、複数の報酬の同時獲得が可能になっていることが示唆されています(Shigemune et al., IBRO2023, 2023)。
(2) アイトラッカーを用いた生理心理学的な研究では、ギャンブラーを対象として、ギャンブル依存傾向がギャンブル課題中の注意分布や瞳孔反応に与える影響について検討してきました。これらの研究により、ギャンブル依存傾向が高い人は、ギャンブル依存傾向が低い人よりも、ギャンブル課題で呈示された刺激の中心により注意を向けることや、報酬や罰を受ける際により瞳孔が拡大することが示されました(論文投稿中; 図3)。今後は、公益財団法人JKAの公益事業振興補助事業として、ギャンブル依存傾向が日用物品に対する判断に与える影響について検討していく予定です。
(3) 患者を対象とした神経心理学的な研究では、パーキンソン病患者のドーパミン神経系の障害に伴う内発的動機付けの低下や、脳腫瘍患者の抑うつや腫瘍発生領域による時間認知の変化について研究を進めてきました。パーキンソン病患者を対象とした研究では、何の画像が出てくるか分からない場合に、それを確かめたいという好奇心は、パーキンソン病患者でも維持されているものの、画像に対する全般的な興味はドーパミン神経系の障害に伴い低下することや(Shigemune et al., Neurol. Sci., 2021; 図4)、選択肢を失うことへの忌避感から、損をしてでも選択肢を失うまいとする行動が、パーキンソン病患者ではドーパミン神経系の障害により低下することを明らかにしました(Shigemune et al., Neuropsychologia, 2022; 図5)。また、脳腫瘍患者を対象とした研究では、抑うつの脳腫瘍患者では過去・現在・未来の展望の全てが減少し、割合として過去の割合が増加し、未来の割合が減少することが示されました(Shigemune et al., J. Affect. Disord. Rep., 2021)。
このように外発的な動機付けと内発的な動機付けについて、ニューロイメージングやアイトラッカーなど、様々な手法を用い、ギャンブラーや神経変性疾患や脳腫瘍の患者など、様々な対象について検討することで、ヒトはなぜ行動を起こすのか、その包括的なメカニズムを浮き彫りにしたいと考えています。